こぬか雨 (お侍 拍手お礼の五十七)

        〜寵猫抄より
 

いきなり初夏の陽気になったかと思えば、
そんなの幻か思い違いさと言いたいか、
コートのお世話にならにゃあ敵わない、
霜が降りたほどの冬並みの寒さがぶり返したり。
そんな春だったのに負けたくないものか、
近年出来たばかりな“猛暑日”に、
今にも届きかねないほどの暑さが襲った数日を以
(もっ)てして、
なかなか梅雨に入らないねぇとげんなりしていたのを、
やはりのまたまた嘲笑うかのように、
今日は朝からずっと、
しとしとじめじめした雨が、降ったり止んだりを続けてる。

 “窓を開ければ涼しいのだけれど。”

文字通りの露をまとった外気は冷ややかで、
潜熱を冷ますには十分なその代わり。
まとった露の分だけということか、
じっとり重い湿気が容赦なく躍り込むのがかなわない。

 “まあ、まだ盛夏ほどにも暑いって訳じゃあなし。”

大きな掃き出し窓の向こうに広がる庭は、
曇天とはいえ仄かに明るい中へ、
あふれる緑たちがしっとり濡らされ、
心なしか色味を濃くしての、
いっそ鮮やかなくらいに冴え映えてもおり。
さあさあという静かな囁きに取り巻かれつつ、
PCのバックライトを見つめ続ける作業の手を止め、
時折眺めやれば、十分な滋養にもなるというもの。

  しかもしかも、
  このリビングには それだけじゃあなくって

どれほど力を抜いての、萎えまくっておいでなのやら。
白い喉元が覗くほど、
思い切り仰のけになった小さなお顔が何とも無防備な。
小さな小さな愛らしい坊やが約1名、
広々と空いた板の間の只中にて、
ころりと横になってのお昼寝中であり。

 「〜〜〜〜〜〜〜。/////////」

まだまだ幼児になりたてと言ってもいいほどに、
その両の手も、お耳も肩口も、小さくて小さくて可憐だし。
霞がかかって見えるほど、真っ白なその上、
きめ細かい肌におおわれた、
水蜜桃もかくやとの、
ふわふかと柔らかな頬やら腕やら、
お膝の上の、大腿やら。
ぽにょんと容赦なくもあらわにしておいでなのが、また。

 “…………うあぁ、かあいいなぁ〜〜〜vvvvv”

しっかりしろ、敏腕秘書殿。
(大笑)
本日の事務はというと、
先月分のレシートやら領収書やらを整理して、
その収支を出資表へと記入中…だというに。
PCの蓋を開けちゃあ チラ、
ソフトを起動させちゃあ チラ、
毎日つけている家計簿を開いては チラ…と、
今日はまた、いつにも増して、
なかなか仕事が進んでおらぬ模様。

 雨あめ たいくちゅ、むちあちゅいし〜、と。

窓辺までを まろぶように駆けてっては、
しとしとさあさあと降り止まぬ雨を見やり。
そのたんび、小さな肩の上で、
金の綿毛が乗っかったオツムを、
かっくりこ…と傾けて。
にゃあと振り向き、いつ止むの?と、
こちらへ訊いてたらしい幼子であり。
利かん気でもあるからか、ちょっぴり力みも孕んでいての、
だが今はまだ、真ん丸さが勝る双眸に潤みをたたえ、
なんで? どーして?と問いたげに見上げて来られては。
かわいい久蔵くんの、
一番目のシンパシィでもある七郎次お兄さんとしては、

 『〜〜〜〜〜〜。/////////』

相変わらずの仕草にて
“はうぅvv”と口許押さえてしまうしかないようで。

  お約束
(それ)はともかく

お空のご機嫌が悪いらしくって、
こっちにいるアタシらには、どうにもしようのないことだよと。
七郎次もまた困っているんだと、眉尻を落として見せたれば。

 『うにゃぁん。』

そか、シチもお困りなのかと通じたか。
お膝をついて傍らにいたお兄さんの、そのお膝へ擦り寄って、
小さな両手で ちょんちょんぽんとはたいたのが、
大人の真似にて“いい子いい子”とされたようにも見えたから。

 『〜〜〜〜〜〜〜っっ//////////』
 『……シチ、
  あんまり度を越すリアクションをすると
  久蔵が真似てしまうぞ?』

通りすがりの勘兵衛様が、相変わらずな女房殿の興奮へ、
今日もまた、一応のクギを刺したほど。
そんなこんながあってののちの、今は静かな午前の一時。
勘兵衛様こと、島田せんせえは、
トレードマークの蓬髪束ね、
ジュニア文庫の読み切り原稿に取り掛かっておいで。
そしてそして、
こちらもお仕事に入ったお兄さんだと見るや、
小さな久蔵、最初のうちは、
七郎次の延ばした腕へとちょこり掴まり、
横手からモニター画面なぞ覗いていたり、
白い手がすささっとその手元で時々揺さぶるたび、
マウスを覆う手へ“にゃにゃあっ”とちょっかいを出していたけれど。

 「ZZZZZZZZZ……………………。」

いい加減それも飽いたか、今は離れたところに移動しており。
よく寝るから“ネコ”という由来よろしくも、
ひんやりする板の間の感触へ、うにむに頬擦りしていたそのまま。
胸やお腹を天井へ向けての、安心しまくりな恰好で、
くうすうと安らかに、すっかり眠っているワケで。

 “くぅうぅ〜〜、かわいいなぁ〜〜。///////”

仰のけになっているからか、
伏せられた目許のまぶたの縁が、上向きのカーブを描いており。
口許も同じく、
そうそう仔猫の三股になったそれによく似た形の閉じようで、
かすかに触れているだけという案配のゆるさで、
ぎりぎりの閉ざされ方をしておいで。
どんな弾みでぱかりと開いてもいいような、
でもでも、こんな小さな和子の起こす弾みなんて、
さして響きはしなかろとも思われて…。

 “あああ、おでこも全開になってるやvv”

下敷きになった側の綿毛がひしゃげても、
当然のことながら、ご当人はお構いなしでの熟睡を続け。
さすがに痒いか、小さなお手々の先の、
ちょんちょんと見事な彫刻か何かで刻まれただけなような、
ささやかで可憐な爪にて、
うにゅむにゅ掻いて見せる仕草さえ、
七郎次おっ母様には たまらないほど萌えかわゆくて。

 “……おおお、今度は丸まっちゃってvv”

寸の詰まった手足をちぢ込め、
背中もお尻も一緒くたにし、
くるんと小さく丸まっていたかと思や。
キー操作のため画面へ戻った七郎次の視線が、
再び見やった先では。
さっきと真逆に、四肢を奔放に四方へと投げ出しての、
堂々の大の字になっていたりもし。
奔放な寝相の数々が、
これまたいちいち愛くるしくってしょうがなく。

 「うぅ〜〜〜〜。///////」

早く片付ければそのまま遊んでやれる。
寝ているなら寝ているで、お膝に乗っけての“いい子いい子”と
揺り籠になってもやれる…というのが重々判っているものの。
ついつい気になって、お顔を上げては眺めやるものだから、
手がお留守になっちゃあ、はうぅと見惚れる…の繰り返し。
なかなか作業が捗らず、ああもう歯痒いったらと、
我儘なことへ地団駄踏んでおいでだったりし。

 “うう、いかんいかん。”

そもそも、一緒に遊んでいたのだ。
ただ、七郎次がお仕事を始めてしまい、
退屈だよぉと離れてっての、
それでもいい子に大人しくしていたその結果、
くうすうという“うたた寝”に入ってしまったのであり。
ちゃっちゃと済ませりゃいいのだと、
今度こそはと集中しての、
何とか入力作業を片付けてしまい。
よしよしと確認も済ませての、
OSを落としつつ 蓋を閉じ、
さぁさ終わったとお顔を上げたれば…………


  「…………あれ?」


さっきまで坊やがいた地点には、何の影も無かったりし。
えっ? えっ?と、ぎょっとしかかった視野の端、
サイドボード側の、随分と離れたところへと、
小さなその身が移動していた坊やであり。

 “おやあぁ?”

集中していたと言っても同じリビングにいたのだし、
久蔵はまだまだ足元がぎこちなく、
勢いつけてのとたんとたんと、
足先を前へ前へと投げ出すような歩み方をする。
だっていうのに、その足音は聞こえなかったし、
何かしら動くような気配もしなかったので。
元いたところにいなかったのへ、
思わず立ち上がりかかるほど、ギョッとした七郎次だったのであり。


 『寝返りを打っただけではないのか?』


大人の寝返りとは規模が違って、
あの小さな身がコロンコロンと転がったのでは、
案外と音も気配もしないのかも。
随分と久々に
“判らないことは勘兵衛様に訊こう”を
復活させた七郎次の問いかけへ。
当事者である坊やがよじよじと這い上がって来たの、
ひょいと捕まえ、お膝にちょこりと乗っけつつ。
壮年殿はそのように、後日 分析してくれたけれど。

 “……でもなあ。”

久蔵が坊やに見えるのは、七郎次と勘兵衛のみなのであり、
彼ら以外のこちらの世界のお人たちや、
鏡やガラス、光学的映像収録機器には、
キャラメル色したメインクーンの仔猫としてしか、
その姿を捕らえられてない不思議な存在。
丸まれば手鞠のように、くるんと丸くなってしまいもするのだろうが、


 “猫って…寝返りを打つもんなんだろか。”


しかも、人間の大きさだったならともかくも、
本来の仔猫の大きさだったなら、
随分な回数をゴロンコロンと回ったことになるほどの遠く。
途中で目が覚めないもんだろか…と。
おややぁと不思議に思った七郎次さんだったそうだけれど、

 「……うにゅう〜〜〜〜〜〜。」
 「あ、起っきしたなvv」

仔猫さまのお目覚めの気配にあっちゃあ、
そんな疑念なんて塵や芥も同じこと。
薄い肩の上、そのままかくりと
背中側に頭が落ちないか案じてしまうほど、
大きくお口を開いての大欠伸をした坊やなのへ、

  ごめんねごめんね、
  お仕事がなかなか片付かなかったの。
  今からでも遊んでくれるかな?

すぐの傍らまでを歩み寄り、
いまだ寝転んだまんまの坊やへ、お伺いを立てたれば。
うんうんとその身を精一杯のエビ反りにさせ、
うんせうんせとおっ母様のお膝目がけて、体の向きを変えて見せ、

 「にゃあみゅvv」

好き好き・大好きと、
やわやわな頬っぺを膝頭へ擦りつける仕草もかわゆく、
一番に可憐に可愛く甘えて見せるところが、
なかなかにテクニシャンな仔猫様vv
雨あめの鬱陶しいお天気も何のそので、
優しいお母さんと、これから一杯遊びましょうねvv




   〜Fine〜  2010.06.18.

tricot サマヘ 素材をお借りしました


  *あああ、しまった。
   選りにも選って、
   これを書き始めた主旨がすっぽり抜けとりますわ。
   (……あかんやろ)
   えとあの、どこかで何かで読んだのが、
   “カタツムリはテレポート出来る”というお説でして。
   のろのろ動くカタツムリですが、
   だからと油断していると、あっさり見失うことがある。
   それをもって、
   カタツムリはトロいけれどテレポートしちゃうんだよんなんて、
   誰かが言い出した…という代物だったようですが。
   選りにも選って、一番苦手な生き物の真似でしょかと、
   そこいらを再び勘兵衛様へ訊く、
   無邪気なシチさんだったら可愛いなと……。
(おいおい)

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